HBMだけが提供できる「FlexRange」とは? HBMだけが提供できる「FlexRange」とは? | HBM

異なる計測レンジを1台のトルクセンサで高精度に計測-ひずみ計測の物理的極限に挑んだHBMのアプローチ

自動車業界のトルク計測では、1台のトルクセンサで複数の計測レンジを高精度に計測したいという要望があります。方法はいくつかあり、電気的または機械的にセンサの計測レンジを拡張することができますが、まず電気的方式では、精度が低下します。これはヒステリシス、信号ノイズ、ゼロ点における温度影響などの計測不確かさの要因が、計測レンジの拡大により増幅されるためです。また機械的方式ではセンサの構造が非常に複雑になるため機械的特性が低下します。こうした課題を解決すべく、HBMはFlexRange(フレックスレンジ)デジタルトルクフランジT12HPを開発するという特別なアプローチを選択しました。このトルクセンサは、1台のセンサ(起歪(きわい)体)のみで幅広い計測レンジ全体を切れ目なくサポートし非常に高い精度を確保できます。

自動車や自動車部品分野では 「エネルギー効率を向上し、より低消費電力でより長距離を走る」ことへの要望がますます強まっています。結果として高まる研究開発における精度要求は、高性能なセンサやテスト装置の開発を促進しています。トルクは自動車用テストベンチでの試験や研究開発において、非常に重要な計測値になっています。しかし、特にエンジンテストなどのように、計測中に大きく異なる計測レンジを全てカバーしたいような場合には対応が困難です。テストによっては、トルクセンサは、高低両レンジのトルクを均一な精度で全計測レンジにわたり収集する必要があります。こうした場合に重要なのは計測精度と許容誤差をどのようにバランスさせるかを考えることです。

例えば、ブレーキテストの際に発生するピークトルクは、平均トルクと比較すると非常に高くなります。センサの公称(定格)計測レンジは、センサに過負荷がかからないように、またピークトルクによって破損や破壊がないように、適正化されています。つまり、ピークトルクがそのアプリケーションでの最大トルクです。しかしながら、センサの計測レンジを最大トルクに合わせると試験中に発生する微細トルクを計測する際にも、通常は大容量のセンサが使用されることになり、結果として大容量のセンサによる計測値は精度が下がります。精度をデータシートで確認する際には「精度は平均計測トルク値に対してではなく、公称(定格)計測レンジの最大値に対する率(%)で表されている」ということに注意してください。

したがって、総合精度(合計総合不確かさ)に寄与する誤差要因(精度項目)もそれぞれ値が大きくなります。なぜなら、ゼロ点での温度影響(TC0)、非直線性、ヒステリシス、寄生負荷などデータシートにある重要パラメータの誤差割合は、同様にセンサの公称(定格)計測レンジの最大値に対する割合で表された最悪値となっているためです。

”デュアルレンジ”センサの2つのアプローチ

1回の計測プロセスで複数の計測レンジにまたがるデータを記録する場合の理想的なソリューションは、計測中の最大トルク値に対応して、ダイナミックに計測レンジを適応させることです。しかしながらこれは現実的でないため、高/低両レンジをカバーできる様々な形態のデュアルレンジセンサが開発されています。デュアルレンジセンサの動作原理には2つのアプローチがあり、2つの起歪(きわい)体)を持つセンサを使うデュアルレンジ方式と、起歪(きわい)体は1つだけでそれに2つの独立した計測チャンネルを組み合わせる電気式デュアルレンジ方式があります。

「真の」デュアルレンジセンサの可能性と課題

デュアルレンジトルクセンサは、容量の異なる2つのトルクセンサを組み合わせて計測を実施します。これを行うためには、容量と公称(定格)計測レンジが異なる2つのセンサを、直列または並列に接続して使用します。このセンサは、特別に調整された ひずみゲージ (SG) ブリッジを持ち、それぞれが計測アンプに接続されています。これにより、起歪(きわい)体の材料ひずみを決定し、そこからトルクを導き出すことができます。このタイプのトルクセンサは、「真の」デュアルレンジセンサと呼ばれています。センサを直列に接続した場合の問題は、静的または準静的なトルク計測にしか適していないことです。

ダイナミック計測が必要なアプリケーションでは、低レンジのセンサに対する過負荷保護は、信号のオーバーラップをもたらします。低レンジのセンサにも高レンジのトルクがかかるので、トルクが高すぎる場合には機械的に接続を切断する過負荷保護機構を使用します。この過負荷保護がないと低レンジのセンサは損傷する危険があります。しかし、過負荷保護が作動するとその信号の信頼性は下がります。これは後で計測データを使用するときに、解析が不正確になる可能性を意味します。また、低レンジのセンサは低トルクでも高い特性値をえられるように、非常に「ソフト」に設計されます。このため低レンジでは、軸力などの寄生負荷に非常に敏感に反応し、トルクに対するクロストークをまねき、極端な場合にはセンサを破損したり破壊することさえあります。

「真の」デュアルレンジセンサのもう一つのタイプは、異なるサイズの起歪(きわい)体が並列に接続されています。この設計は過負荷保護機能を持たないため、信号オーバーラップ時の干渉は回避できます。しかし、この場合は低レンジのセンサに高いトルクが加わります。そのため、低レンジのセンサは過負荷になり、不可逆な変形を起こす危険性があります。これを防止するためには、低レンジのセンサも、高レンジのセンサと同様の最大トルクに耐えられるような設計にします。しかしながら、この設計では、低レンジのひずみゲージ(SG)ブリッジが低感度で分解能が足らず、温度影響に付随して不確さが拡大します。

低速側を電気的にシミュレートするデュアルレンジセンサ-課題と解決法

電気式デュアルレンジセンサは、センサに追加の計測アンプを接続しています。このアンプは低レンジ用で、計測アンプの出力信号は、5倍または10倍に増幅されるように設定されています。このため小さい荷重でも有効な信号が得られますが、この方式の欠点は精度の低下です。低レンジのセンサ信号は精度が向上しているように見えますが、計測の不確かさの基準は、公称(定格)計測レンジの最大値であり、計測信号の大きさではありません。「偽の」デュアルレンジセンサの低レンジ側の信号は単に信号を電気的に拡大しただけなので、低レンジのセンサに関しデータシートに特別な値が指定されていない限り、これらの誤差要因も増幅されています。

重要な誤差要因は次のとおりです。

  • 信号ノイズ
  • ゼロ点での温度影響(TC0
  • ヒステリシス(相対往復誤差)
  • 寄生負荷

シングルレンジのトルクセンサT12HPは、1つの起歪(きわい)体だけで2次レンジは電気的に生成する「偽の」電気式デュアルレンジセンサとは異なります。以下に、この一般的な電気式デュアルレンジセンサの問題点とT12HPによる解決策について説明します。

1. 信号ノイズ

すべての電子信号には、バックグラウンドノイズが含まれています。電気式デュアルレンジセンサの低レンジセンサの信号は、信号ノイズも増幅されるため、その性質上、品質が低くなります。高レンジの計測信号(1:1)と低レンジ(例えば1:5)のゼロ信号ノイズを比較すると、電気的増幅によってノイズが約5倍も増加することがわかります。そのため、計測信号の許容差は、たとえば温度影響が原因の場合でも増幅されます。しかしトルクセンサT12HPの信号ノイズは、低レンジで電気的な増幅を行っていないため増加しません。センサの高い基本精度と高分解能を組み合わせることにより、センサは1台で全計測レンジをサポートできるFlexRangeであるため、低レンジで信号が微弱であってもノイズは低く抑えられます。

2. ゼロ点での温度影響(TC0)

温度はセンサの計測精度に影響を与えます。電気式のデュアルレンジセンサにおいて、計測信号が増幅される場合、ゼロ点での温度影響(TC0)も増幅します。SG計測ブリッジは、信号係数1:1で公称計測レンジを設定しています。低レンジ用に係数1:5に増幅された信号は、データシートに特に記載されていない場合、誤差要因も5倍になります。より高レンジの温度影響が0.1 %/ 10 Kと指定されている場合、2次側の低レンジでの温度影響は0.5 %/ 10 Kとなります。この場合にも、低レンジの温度影響についてデータシートに、別途の値が指定されているかどうかに注意してください。指定がない場合、計測信号を増幅しても、精度の向上をもたらしません。T12HPは、全計測レンジを1つの増幅率でカバーできるFlexRangeセンサです。低レンジでも、わずか0.005 %/ 10 Kの非常に低い不確かさを確保でき、非常に高精度な計測が行えます。

3. ヒステリシス(相対往復誤差)

最初に連続的にトルクを上げていき、次に同じ計測レンジで連続的にトルクを減少させた場合、特性曲線上の計測信号は正確に一致せず、往復の両方向で曲線から外れています。減少トルクと増加トルクの間の最大偏差は、ヒステリシスまたは相対往復誤差と呼ばれ、これは起歪(きわい)体の材料の弾性特性とセンサの設計により影響を受けます。

ヒステリシスは、センサ内で応力に対応して生じるひずみ、ひいては最大トルクに依存します。トルク計測中に低レンジへの移動が起きた場合、例えばブレーキを開閉しながら機能をテストするような場合には、高い初期荷重または起歪(きわい)体のひずみによるヒステリシスが起歪(きわい)体に「残った」ままになります 。しかし計測レンジが切換わると、特性曲線からの偏差が減少します。

このため、計測信号曲線上は、切換えが起きた箇所に不連続点またはゼロ点オフセットと呼ばれるギャップができます。この誤差は、計測信号のゲインにより同じ比率で増幅されます。例えば、電気式デュアルレンジセンサの相対可逆性誤差が高計測レンジ(1:1)で公称トルクの0.05 %である場合に低計測レンジ(1:5)に直接切換える場合を想定すると、公称トルクの0.25 %のオフセット誤差が発生する可能性があります。不連続点は、デュアルレンジ毎に異なる精度レベルが存在する場合に常に不連続点が発生します。なぜなら、このデュアルレンジセンサは、常に履歴負荷、特にヒステリシスエラーが大きく影響するからです。

一方FlexRangeトルクセンサT12HPなら、全計測レンジを1台でサポートするので、この計測レンジの切換え自体がありません。1つの連続した計測信号を使用することでアプリケーションおよび精度評価において不連続な計測点が生ずるのを防止できます。

4. 寄生負荷

軸方向オフセットは、設計と組み立て状態によっては、実質的にすべての駆動系のアプリケーションで発生する可能性があります。その要因は使用される構成要素の寸法精度における公差、およびアライメントの問題、および温度などの影響に起因します。残りのオフセットは補正カップリングを使用して実用的に補償することができます。しかし、寄生負荷に起因するクロストークは、追加で精巧な計測技術上の手段なしでは補償することができません。寄生負荷の影響はゼロ点に相対的におこり、電気式デュアルレンジセンサで計測信号が増幅されると、寄生負荷の影響も同様に増幅されます。このセンサでは、低レンジで過大なエラーが発生します。

T12HPにおいては、センサ本体の高度な形状とひずみゲージの非常に高い精度と品質のおかげで、この影響は最小限に抑えられます。

HBMが提供するFlexRange(フレックスレンジ)とは?

HBMはT12HPの開発においてひずみゲージ技術の物理的な可能性を極限まで追求しました。搬送波方式の採用により、最高の信号品質を保証し、その結果、高い正確性と安定性を備えた効率的な高分解能トルク計測システムの開発に成功しました。この独自の組み合わせにより、どの計測点をどれだけ細かく拡大しても十分に高い精度と分解能を持つデータを得ることが可能なFlexRangeが実現しました。

HBMのFlexRangeとは:1台のセンサと1つの信号パスだけで、全ての計測値を優れた精度、安定性、分解能で計測し、結果として、低トルクレンジの計測をセンサを切換えることなく十分な精度と分解能で行えるHBM独自のトルク計測技術です。

まとめ

2つの計測レンジにまたがる幅広いトルクを計測する方式には様々なタイプがあります。特に低レンジ側では、ほとんどの方式で構造上の原因による精度の低下があります。2種類のセンサを使用する真のデュアルレンジセンサは、過負荷防止が必要なためダイナミック計測には適さず、また低レンジでは感度を上げて大きな有効信号を生成するように設計されており、許容限界負荷が相対的に低くなり、トルク信号に対するクロストークが増大して誤差が拡大します。

センサを1台しか使用しない電気式デュアルレンジセンサでは、低レンジの計測信号を増幅して使用するので、信号ノイズ、ヒステリシス、ゼロ点での温度影響(TC0)、および寄生負荷などのノイズも増幅されます。データシートに特別な記載のない限り、低レンジ側では精度は向上しません。ゼロ点での温度影響(TC0)と同様に信号ノイズが増幅され、また、高レンジから低レンジへの切換え点ではデータが不連続になる可能性があります。アプリケーションによっては、寄生負荷も増幅されます。

FlexRangeトルクセンサT12HPでは、これらの干渉の影響は最小化されています。非常に優れた基本精度と分解能に、デジタル信号のフィルタリングおよびスケーリングの柔軟性を組み合わせ、デュアルレンジセンサのメリットを享受しながら、デメリットを排除することに成功しています。

搬送波方式と非常に高い基本精度、分解能を備えたHBMオリジナル(特許取得済み)のこのトルクセンサは、直線性やヒステリシスなどの使用や、ゼロ信号での温度影響(TC0)などにおいて、0.007%または0.005%/ 10 Kの不確かさを保証します。ひずみゲージ技術の潜在能力を物理的限界まで活かしセンサの基本精度を大幅に向上させ、従来のデュアルレンジセンサでは叶わなかった大幅な作業効率の向上を可能にします。

HBMのトルクセンサT12HPには、低レンジ用のアンプは必要なく、優れた機械的特性により全計測レンジに対して高精度で高効率な計測を保証します。エンジンのランニング/トーイングテスト、ブレーキのアクティブ/リリーステスト、トランスミッションやタイヤテストなど、広範でダイナミックなトルク計測が必要なアプリケーションでは特にその真価を発揮します。